わたしたちの那覇市

地域の発展につくした先人にはどんな人がいたのかな


先人のはたらき

さとうづくりのはじまり
本で調べたよ:儀間真常
儀間真常の黒ざとうづくり
しぼり機の移り変わり
さとうきびの品種改良

黒糖づくりに挑戦


 儀間真常の黒ざとうづくり 

 儀間真常がはじめたさとうづくりは、王府のすすめもあって、しだいに広まっていきました。
 これまで、お金にかえられる作物をつくったことのない沖縄の人々にとって、たいへんなできごとでした。鉄の農具や生活に必要な品物を買うことができるのです。
 でも、さとうづくりは、すぐに王府のものになってしまいました。さとうきびを植えることがせいげんされて、人々はl本もむだにしないようにさいばいさせられました。また、つくったさとうは税としてとり上げられ、手もとにはわずかしか残つませんでした。
 それでも、人々にとって税としてとりたてられた残りのさとうは、お金にかえられる作物であったため、苦しい中でもたいへんよろこばれました。
 さとうづくりが人々の生活をゆたかにするようになったのは、明治時代になって、沖縄の各地にさとうきびが自由につくられるようになってからのことです。
 その後、人々のくらしは、時代によっていろいろとかわってきました。さとうきびづくりは沖縄のあたたかい気候によく適しており、ますますさかんになりました。そして、さとうづくりをすることによって、人々の生活にゆとりがでるようになりました。
 このように、儀間真常によって始められたさとうづくりは、農家の人々にうけつがれ、くらしをささえる作物として大事にきれてきました。
「ニ転子三鍋」
2つの重い木の車にさとうきびをはさみ、この木の車を画転させてしるをしぼり、そのしるに石灰を入れ、3つのなべを使って3段楷に分けてにつめかためるという方法のこと。

収穫高

Copyright(C)2002那覇市立教育研究所