わたしたちの那覇市

地域の発展につくした先人にはどんな人がいたのかな


先人のはたらき

さとうづくりのはじまり
本で調べたよ:儀間真常
儀間真常の黒ざとうづくり
しぼり機の移り変わり
さとうきびの品種改良

黒糖づくりに挑戦


 本で調べたよ:儀間真常 

儀間真常 儀間真常

 真常は、今からおよそ430年前の1557年、垣花の儀間村(今の那覇港南岸)で、首里王府の役人をしていた父真命の子として生まれました。小さいころ、儀間村で農民の生活や那覇の港に出入りする外国の船のようすを見て育ちました。
1593年、37さいのとき真常は、儀間村の地頭(村をおさめる人)にえらばれました。地頭になってからの真常は、自分のことのように村のことを考え、ほねおしみせず、村のために働きました。

麻姓六世 眞常 儀間親方(1557―1644)

同(萬暦) 33年乙巳、總管野國唐土より鉢植の蕃薯を帯し来る。眞常之を聞き薯の栽培を問習す。野國日く、葛を輪圏して地に投じ栽培すれば日至りて葛を掘り薯を用うるなり。眞常此の如くすること7、8年にして蕃薯を國中に堆充し、五穀の補足となさしめば何の國賚か之に如かん。栽培すること数年にして葛條の尺餘を切り、原野に廣敷すること15年にして國中に用いて五穀を補足せしむ。是れ眞常の願カの致す所なり。凶歳に當り儀間の赤平に祭禮を設け儀問の人民をして總管野國の恩を観ぜしむ。
同 34年、謝國富勢頭に任ず。
同 37年己酉、薩州の幕下となり尚寧王上國の時勢頭役として随従し同39年辛亥帰国す。この時眞常木綿種子を持渡る。幸にして日本女人梅千代、實千代二人泉崎に居住す。眞常二人の女を呼び始めて木綿を織造せしむ。これ當國木締布の始めなり。 
當國徃古より甘庶ありと雖も砂糖を精成することを知らず。天啓発亥年貢船に赴く時、儀問村の者をして砂糖製法を問習せしめ、眞常の家に於いて砂糖を款煎し、終に國中に推廣む。

『那覇市史 資料編第一巻五』(昭和51年)那覇市役所

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