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| 島袋勉さんは那覇市出身で自家用車のメンテナンス会社を経営していましたが、2001年、千葉県で踏み切り横断中に転倒し、意識を失ったまま列車にひかれ、両膝の下から先を切断しました。足のリハビリと記憶障害を乗り越え、事故から3年8か月後、ホノルルマラソンに両足義足のランナーとして初めて参加し、完走を果たしました。記録は12時間59分29秒。日本に帰国してからも数々のマラソンレースに挑戦してきた島袋さんの体験は、「奇跡体験!アンビリーバボー」やニュースで紹介され、それをきっかけとして県内・県外の学校に招かれ、子どもたちとの交流を続けています。 |
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11月27日(月)午後2時より、大名小学校・幼稚園創立30周年記念講演会を行いました。保護者の方にも案内を出しました。この日に向けて、足のない姿をみてショックを受けないようにまえもって「アンビリバボー」のビデオ鑑賞していました。島袋さんは、語りかけるような口調で話していました。途中、義足を外したりしながら一時間、「夢をあきらめない」という講話をしました。そして、休憩後、質問を受けました。最後に体育館を走って一周し、驚きの拍手が湧き上がりました。 |
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島袋さんは、大名小学校・幼稚園の30周年の講演会に来てくれました。島袋さんは両足義足でした。島袋さんの話によると、千葉県で電車事故で両足がなくなったそうです。それなのにマラソンをしているなんてすごいなと思いました。休けい時間に、私が「義足さわってもいいですか」と聞くと、やさしい顔で、「いいですよ」と言ってくれました。義足を持ってみると重かったです。かた足2kgといっていました。島袋さんは義足なのに、走るのがすごく速かったのでびっくりしました。最後に花たばをわたした時、「ありがとうございました」といいました。島袋さんに会えて、いい話が聞けてとてもよかったです。 6年:美弥 |
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わたしは義足をはいて歩いている島袋さんを見て、義足をかくしていないことにとってもびっくりしました。周りにいる人から見られてはずかしくないかなあとかいろいろと思っていました。でも、島袋さんは義足をはいていることをかくさないといっていたことが、とっておも強いなあと思いました。そして、島袋さんの話を聞いて、足の大切さや目の大切さを知りました。なので、これからも足や手、耳、目などを大切にしていきたいです。島袋さん、今日はありがとうございました。 6年:瑛未 |