伝統と創造
 本校は、終戦後間もない1947年(昭和22年)に壺屋小学校から分離し、開南初等学校として樋川(現在の福岡高等裁判所・検察所)に開校しました。創立65年の歴史と伝統を有する学校です。
 那覇市の中心地にあり、東に県庁、県警、西にバスターミナル、那覇港、北に建設中の那覇市役所、また、沖縄テレビ、琉球放送、大型デパートなどがあり、文字通り、政治・交通・情報など、沖縄県の管理中枢機能が集中する文化と行政の中心地に位置しています。
 開校当時は、児童数778名、16学級で、5年後の昭和27年に、現在の泉崎1丁目の敷地に移転し、学制改革により開南小学校の校名に改称しています。
 学校名の由来は、沖縄県で初の私立中であった、旧制開南中学校の校名を譲り受けたことと、また、「開南」という校名は、郷土の先人達が南方に雄飛し交流を通じ、様々な文化を築き上げたことに由来しています。
 本校の沿革誌を紐解くと、文化面では、吹奏楽部が沖縄県代表として数回にわたり九州大会で金賞・大賞を受賞、全国大会出場などの輝かしい業績を残しています。また、スポーツ面においても女子バレーボールの9連勝の活躍などがあります。現在、児童数の減少で吹奏楽部の人数はかなり減っておりますが、保護者や地域の方々が温かく児童の活動を見守り、各種の音楽コンテストに出場して受賞したり、地域のお祭りに貢献するなどして活躍しています。さらに、野球、サッカー等のスポーツ活動も盛んで、居場所作りとして空手やフラダンス等の放課後子ども教室も行われています。
 学校の教育活動では、県や市、文部科学省指定の研究活動を数多く積み重ね、知・徳体の調和の取れた児童をはぐくむ教育が行われてきました。そして、その成果が現在も受け継がれています。
 校歌にあります「希望に輝く学校」「理想にもえる学校」「とわにゆるがぬ学校」「名も高き学校」づくりをめざし、保護者・地域が一緒になって学校教育を支え現在の開南小学校の歴史を築いてきました。私たちは、その伝統を受け継ぎながら、新たな開南小づくりをめざし、「伝統と創造」を基本理念に学校経営に当たっているところです。
 現在、「学びたくなる学校、通わせたくなる学校、勤めたくなる学校」をスローガンに、「明日を開く開南っ子」をはぐくむ教育活動に、職員一丸となって取り組んでいます。
 保護者・地域の皆様の変わらぬご支援、ご協力、そしてご理解をこれからもよろしくお願い致します。

県都のオアシス 開南小の校庭
那覇市立開南小学校
校長 高 良 恵 子